熊野筆の魅力


筆の町「熊野」

ザルにのせて乾かしている穂首 熊野町は、広島市から東へ20キロ、四方を山々で囲まれた細長い盆地の中にあります。人口約2万6千人のこの町で、筆司と呼ばれる人は約1,300人、およそ20人にひとりが筆職人という筆の町です。
 路地を一歩入れば、原料の毛や筆の穂首、軸となる竹を乾かしている光景が目に入ってきます。「筆道具揃え」という材料を扱っていることを示す看板が、街角の薬屋に掲げられるほど、筆づくりが暮らしの中に溶け込んでいます。
 海抜250メートル、夏は広島市内よりも気温が数度低く快適なこの町で、全国の筆の80%が生産されています。

行商から筆づくりへ
 熊野筆の発祥は、今から170年前の江戸時代に遡ります。熊野と筆の関りは、まず商いから始まりました。江戸時代、農閑期には熊野から多くの人々が吉野(奈良県)やその先の紀州(和歌山県)に働きに出かけていました。出稼ぎ先であった奈良は、古くからの筆や墨(すみ)の産地でした。奈良の筆や墨は各地で人気の高い商品で、しかも持ち運びしやすいこともあり、熊野の人々は手にした賃金で筆や墨などを買い入れて、それを途中の町や村で売りながら帰途につくようになりました。
 そうした暮らしぶりの中から、天保年間やそれに続く弘化年間には、筆づくりを志す者が現われました。彼らは、奈良と同じように筆産地であった有馬(兵庫県)や地元の浅野藩(広島)の筆司の元で筆づくりを学び、熊野へ戻って人々に熱心に筆づくりを教えました。そこから熊野の筆づくりが始まったといわれています。以来、筆づくりの仕事は、熊野の人々の生活の中にしっかりと根をおろし、現在では、全国一の出荷量を誇る産地となりました。
書道用の毛筆と鳥の羽などでつくった特殊筆
■ 書道用の毛筆と鳥の羽などでつくった特殊筆
加工の技で立つ産地
 筆は、大きくわけて墨を含ませる「穂首(ほくび)」と穂首を支える「軸」の2つの部分から構成されています。穂首の主な材料である動物の毛は中国から、軸の主な材料である竹や木は、岡山県や島根県、兵庫県などの他県や外国から熊野に持ち込まれます。
 熊野にはこれらの材料はほとんどありません。熊野は材料を製品にする加工技術を保ち、良質の筆を数多く作り続けることで、日本を代表する筆の産地となりました。1975年には、その前年に公布された「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づき、熊野筆は筆業界で最初の伝統的工芸品の指定を受けています。
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熊野筆事業協同組合