京友禅 1. 友禅斎と友禅染 
2. 各地に伝わる友禅の技 
3. 友禅染のできるまで 
4. 着物の花鳥風月 
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1. 友禅斎と友禅染

扇絵師 友禅斎(ゆうぜんさい)

友禅斎
扇面蛍図 宮崎友禅斉・画
東京国立博物館 蔵
 友禅染めの名は、江戸時代の絵師宮崎友禅斎から取られています。この宮崎友禅斎は扇面の絵師として一世を風靡した人物でした。友禅の扇を持たずしてお洒落な人とはいえないとまでいわれている様子が、井原西鶴の『好色一代男』や『好色三代男』の中で語られています。扇面絵師の友禅に、ある呉服屋が小袖模様の図案を依頼したことから、友禅は着物の図案に手を染めるようになったのです。

 その背景には、幕府の衣服制限令がありました。天和3年(1683年)に出された衣服制限令では、女性の衣類の中でも、薄く透ける絹地に金銀箔で刺繍を施した「金紗」と「刺繍」、そして絞り染めの中でも特に手のかかる「総鹿の子」の三品が禁じられました。
 美しい着物が欲しいという女性たちの思いがあっても、それを作り売ることも、買って着ることもできない状況でした。苦境にあえぐ呉服業界を救った商品が友禅染めでした。友禅染なら防染糊(ぼうせんのり)を使うだけで、幕府の禁令に触れることなく色鮮やかで美しい着物ができるのです。


江戸時代のスタイルブック−雛形本

友禅斎
丸や扇の形の中に風物を描いた江戸時代の小袖
東京国立博物館 蔵
 友禅斎の最初に描いた小袖模様は、竹や梅、四季の草花を丸の中に描いた丸模様でした。当代一流の扇面絵師らしい、扇絵の手法を応用したデザインです。友禅の図案を元に染められた着物は絵のように華やかで、これまでにない美しいものでした。友禅図案の着物は、美しい着物に飢えていた人々の間で大評判になり、そこから絵画的な模様を備えた着物が流行りはじめたのです。これらの着物はいつのまにか「友禅染」と呼ばれるようになりました。

 こうした友禅染を支えたものに「雛形(ひながた)本」があります。雛形本は現在でいうところのスタイルブックのようなものです。雛形本では広げた着物に模様を描き込んだ図案の他に、生地の種類、地色、模様などについて文字で細かく説明がなされていました。雛形本の登場は友禅染よりも早く、その時々の流行を映し、そして創り出すものでした。友禅斎の名は元禄5年(1692年)刊の雛形本に現われています。
 雛形本というメディアを通じて友禅染は広まり、模様も技法も深まっていきました。後には尾形光琳の図案も雛形本にのり、光琳模様のブームも起きました。


2. 各地に伝わる友禅の技


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