【クローズアップ】
 
伝承の技法、越前和紙
 
和紙を漉く。一見単純に見えるこの作業に伝統の技術が生きる。紙漉き一筋五十年の重要無形文化財の九代目、岩野市兵衛さんに話を伺った。
 
 

岩野さんの仕事風景
木版画の彫刻家になりたかった少年時代

門前の小僧として、父の仕事の手伝いをしていた岩野さんは、見よう見まねで紙漉きの技術を身に付けていった。だが、岩野さんの目指す道は他にあった。父の漉く紙は、木版画を刷る専門の和紙であったためであろうか、幼い頃から多くの木版画を目にしてきた岩野さんは、彫刻家の道に進みたかったと言う。しかし時代は、木版画用の和紙の供給が間に合わない。まさに戦後の日本では、進駐軍らが浮世絵を本国に持ち帰っていたときであった。どんどん和紙を漉いていかなければ行けない時に、夢を追っている訳にはいかなかった。家業を継がざるを得なくなっていくのだが、そこで紙漉きだけには留まらず、原料の楮の事や和紙を漉くまでの様々な行程を知っていくうちに、和紙漉きの奥深さに興味を持ち始め、また木版画の専用紙を漉く事に誇りを持ちはじめた。
 
 
父親を超える

先代である父親は、和紙漉き職人で始めて人間国宝に認定された。そんな父の横で、一緒に紙を漉いていた岩野さんは、「失敗しても、父に怒鳴られた事も叱られた事もないですね」と振り返る。「怒鳴ったところで、上手く漉けるようになる訳じゃないですから。ただ、よその紙は見に行くなとは言われましたよ」
最高の原料を使い、熟練の技で和紙を漉いていた父親にとって、浮気する事なく伝統の技法を受け継いで欲しいと願う親心だったのだろう。その思いに応えて、岩野さんは最高の楮の白皮を使い、練りにはのりうつぎに少量のトロロアオイを使っている。父親の頃にくらべて紙の厚さが厚く注文が入る。「厚みを出せば、ゴツゴツした感じになりがちなんですが、そういう紙も漉くようになって、父に近付いたかなって思いますね」と謙遜ぎみに笑う。「紙漉きは、一生一年生で、名人なんていないんですよ。」

岩野さんは「銀杏板でないと良い艶がでない」と乾燥させる板にまでこだわる
 
最高の和紙の為に最善を尽くす

版画の善し悪しも紙次第。だから、「刷りやすい、仕事のしやすい紙を」と手を抜く事は許されない。日々、真面目に和紙に取り組んでいる岩野さんにとって最高の喜びは、刷り上がった版画作品を見ることと「岩野市兵衛さんの紙しか使えない」という版画家の方々からの声だ。「縁の下の力持ち」として、日本の芸術を支えている。紙漉きは、ごまかしの効かない仕事だけに、「毎日が最善を尽くす事です」と語った。
岩野さんが人間国宝に認定されたのが、平成12年6月。それ以降、岩野さんの漉く和紙が一部の店で値を高騰させている。「高くなってしまってね、偽物まで出てくる始末ですよ。」と苦笑い。
 
 
越前和紙の継承

六世紀頃、大陸から紙漉きの技術が伝わってきた。「越前和紙の里は、和紙の発祥地ですからね。だからこそ、この技法を継承していかなければならないっていう思いもあるんですよ」と昔と変わらぬ熱い思いを語って下さった。外国からも紙漉きの技術を学びに来る人がいると言う。家族間での秘密裏に伝統の継承をすることでは、いずれ衰退してしまう。本当に紙漉きの技術を継承するには、民族の枠をも超える必要があるのだ。
 
 
 
<職人プロフィール>

岩野 市兵衛
(いわの いちへい)
九代目岩野市兵衛さん。
平成12年6月に国指定重要無形文化財保持者となる。
 
 

 こぼれ話 

縦2.7メートル、横3.75メートルの巨大和紙
奈良薬師寺の越前和紙


平成12年12月31日に、日本画家の平山郁夫氏が三十年の歳月をかけて完成させた大壁画を玄奘三蔵院伽藍内の大唐西域壁画殿に奉納されました。高さ2.2メートル長さ49メートルの大作を描いたその和紙は、人間国宝、岩野平三郎氏の手漉き和紙です。縦2.7メートル、横3.75メートルの巨大な和紙は日本の和紙業界の常識をはるかに超えるものです。六人がかりで特別に漉かれた記録的な和紙でもあります。

大唐西域壁画の公開
平成13年1月1日〜13年12月31日まで特別公開(湿度が70%を超えると拝観が中止になる場合もあります)
拝観時間 8:30〜17:00(受け付け16:30まで)
拝観料  大人800円、中高生700円、小学生300円
住所   〒630-8563 奈良市西ノ京町457
     0742-33-6001、0774-33-6004
URL http://www.nara-yakushiji.com


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