別府竹細工の歴史
新しい竹の世界  1. 渡辺稔之氏
 2. 毛利健一氏
 3. 喜多俊之氏
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編みの技新しい竹竹と暮らす別府

1. 渡辺稔之氏(号:竹清)
日本の伝統と西洋のデザインの出会い

プロフィール
昭和7年、別府市生まれ。
昭和41年、2代目竹清を襲名。祖父は竹工芸師、大田龍々斎。
竹工芸師としてティファニーのバンブーバッグの制作に関わる一方、竹工芸作家として日本伝統工芸展、西部工芸展、別府市竹工芸新作展などで活躍。
渡辺稔之(号:竹清)氏
 「目標があってこの世界に飛び込んできたわけではないし、親がやってたので自然にこの世界に入ってきたので、籠に対するあこがれとかはなかったですね」

 渡辺さんが竹細工の世界に入ったのは昭和20年代半ば。まだ戦後まもなく働き口がなかったことと、家業を兄弟のうち誰かが継がなくてはという考えからでした。
 「継ぎたくはなかったんだけどね」渡辺さんは笑います。

設計図はナシ、全ては頭の中に

fubako
表面と中面の編み目が違う短冊箱
 「親父が主に網代(あじろ)編みをやってたんで、これしかやってきてないんです。他の編みもできないことはないんですが、他の編みをするなら他にも上手な人がいるから、自分の得意な網代編みに帰ってきました」と語る渡辺さん。

 別府竹細工には8つの基本的な編み方があり、「網代編み」はその中の一つです。みっしりと編み込まれた作品の表面はなめらかで、触れるとしなやかな弾力で指を押し返します。竹として自然の中にあった時の強さや柔らかさは、形を変えてなお、そこにあります。
 「網代編み」という技法一つで、渡辺さんの指先からは多彩な模様が生みだされます。幅の異なるヒゴを使って巧みに編み出された模様は、見る者に湾のさざ波や山なみなど、別府の豊かな自然を思い起こさせます。作品には、四角いものを作っても作られたものに線の柔らかさを出したい、という渡辺さんの思想が見事に反映されています。

 非常に精緻な構造を持つ竹細工ですが、そこに設計図は存在しません。どんなに複雑な模様であっても、また、どんな形であろうと図案は作らないといいます。
 「設計図描く暇があったら、編んでしまいますよ」今の若い人は描くらしいですけど、昔の人は描かない人が多かったですね、と渡辺さんは語ります。

網代編みのバスケット

 渡辺さんが、アメリカの高級宝飾店ティファニーと仕事をすることになったのは、この「網代編み」が縁でした。
 20数年前海外でオリエント調のものが流行った時代、より東洋的なものを求めたティファニーは、デザイナーのエルサ・ペレッティさんが大の日本びいきということもあって、日本に目を向けました。竹細工の職人を探して、ティファニーが別府に接触を図ったとき、網代編みを得意とする渡辺さんが紹介されたのです。

 デザインはペレッティさん、竹細工は渡辺さんという共同作業で、ジュエリーなどを入れる竹のミニバスケットが生まれました。このポーチに使われる組紐も伝統的な工芸品で、まさに日本の手仕事の集合体といえる作品です。竹のミニバスケットは、時代に合わせたマイナーチェンジを繰り返しながら20年以上たった今でも売れ続け、NYのハイソサエティの女性たちに愛されています。

ものづくりの共通感覚は、文化の差を超えて

ティファニー
上:煤竹のミニバスケット
下:24金を施したバスケット
 普段は一切図面類を描かない渡辺さんですが、ペレッティさんとの作品づくりでは、ペレッティさんのスケッチが活躍しました。コーナーのまろやかさや編み目、大きさなどがデザインされたスケッチを、渡辺さんが竹細工として表現可能かどうか見極め、場合によっては鉛筆で修正を入れるといった作業が繰り返され、仕事は進めらました。
 初めての外国人デザイナーとの仕事に、難しさは感じなかったのでしょうか、という問いに答えて渡辺さんは、「二人ともこの作品は店頭に並んだものが完成品なのではなく、買った人が使い込んでいくことによって仕上がっていくものだという考えでした」。手触りを大事にするというところも同じでしたし、難しいことはなかったと続けます。

 そんな二人の共通の思いから、ミニバスケットの仕上げに漆をかけないというアイデアが生まれました。竹という素材を手で直接感じてもらい、煤竹(すすたけ)の独特の色合いを楽しんでもらいたい、というのが二人の狙いでした。残念ながらこの試みは、ショウケースに収まった時に華がないということで、初回バージョン限りになってしまったそうですが。
 「煎じ詰めれば一緒なんですね」クリエーターとしての感性の一致を、渡辺さんはそう語ります。

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ユニークな形の網代箱
百年かかってできた素材を、作品にしてさらに百年後へ

 渡辺さんが20年来作品に使用して追及している素材は煤竹(すすたけ)です。この素材は竹林からではなく、最近めっきり数が減ってきた百年以上経った民家から得られるものです。民家の梁や天井などに使われている竹は、長年囲炉裏の煙などに燻されたことによって、他の手段では得られないような美しい褐色となり、煤竹と呼ばれます。

 しかしこの煤竹、他の竹素材よりも脆いため、素材の選別には細心の注意を払い、細工には補強や二枚重ねなどの工夫が必要です。そうした並み以上の努力から生まれてくる作品は、年月を超えた独特の美しさを湛えています。
 「消えていく竹にもう一度細工をすることによって、また百年生き延びてくれればと思っています」

2. 毛利健一氏
3. 喜多俊之氏
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