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余白の美 柿右衛門様式−おもに延宝年間 1670〜1680年代 伊万里・有田焼の名を口にするとき、誰もが思い浮かべる、白と赤。 余白の美しさと、美しい色あいで描かれた日本画風の絵、ヨーロッパの人々を虜にした東洋の美。
柿右衛門という名称を聞いた時に、まず思い浮かべられるのは代々の酒井田柿衛門の生み出した作品たちですが、そのスタイルは酒井田家だけのもではありませんでした。当時有田にある他の窯々でも色絵が作られており、酒井田柿右衛門に代表される延宝時代(1674〜1681年)に確立された色絵の磁器のスタイルを総称して柿右衛門様式と呼んでいるのです。 柿右衛門様式の特徴は、まず「濁手(にごしで)」と呼ばれる上質の乳白色磁胎です。その上絵で用いられる色は明るく澄んだ色調で、赤・黄・緑、そして染付とは異なる色を持つ青の4色です。ただし後期にはこれら4色に紫や金が加わるようになります。
図柄は日本画的な花鳥風月が多く、その構図は左右対象とは異なる、東洋的とも評される、余白を生かしたものです。また、それまで染付で描かれることが多かった輪郭線は、柿右衛門様式では極めて繊細な黒い線になっています。さらに、鉢や皿類にはほとんどと言ってよいほど、器の口縁に「口銹」と言われる銹釉が施されています。造形的には、変形皿も柿右衛門様式の特徴のひとつに数えられています。
柿右衛門様式を語る時に忘れてならない「濁手」ですが、「濁(にごし)」とはこの地方で米の研ぎ汁のことをいいます。単なる白ではなく、その名のとおりの透明感と暖かみのある乳白色の素地です。この素地があってこそ、柿右衛門様式の余白の美が成り立つのだといえます。
濁手の技法は江戸後期以降姿を消し、柿右衛門様式そのものも、有田のやきものの中から姿を消していましたが、昭和28年に12代、13代柿右衛門によって濁手の技法は見事復活することができました。
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