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| 絹糸を丹念につむぎ、織り、複雑な模様を表現する十日町絣。雪国に脈々と息づく伝統の技術が織り成す繊細な糸の饗宴。 |
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 十日町絣、温かみのある風合い。 |
◆織ることで作り出される世界
新潟県の平野部から見れば行きづまりの地形に見えることからツマリ(妻有)と呼ばれている魚沼地方。その一帯に十日町は位置する。越後の文人鈴木牧之によれば「およそ日本国中において一番雪の多い国は越後なりと古書も人も言うところなり。(中略)わが住む魚沼郡は日本第一に雪の降るところなり」というように、冬のほとんどが雪のため外から閉ざされた状態になる。豪雪の時期、この地に住む人々は機織(はたおり)を生業とした。長い冬を耐え過ごしてきた人々だからこそ、根気のいる織の作業は行われつづけ、技術は向上し、継承されていった。受け継がれた十日町絣は、絹糸を使い、経糸(たていと)、緯糸(よこいと)の絣が交差することで細やかな絣模様を作り出す織物だ。今回は、伝統工芸士の資格をもつ阿部茂壽さんにお話を聞いた。 |
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 阿部さんの所で製作している十日町絣の反物。落ち着いた雰囲気 |
◆歴史の中で、息づく部分、変わりゆくところ
絣という技法の織物は、少なくとも18世紀中頃には織られていたと言われている。特に、他の地方では紺地に白絣が主流だったのに対し、十日町では白地のかすりも織られていたことから、十日町絣は独自に開発された技術ではないかとされている。また、十日町を含むこの一帯では、もともと麻織物を作る技術も存在した。これは、越後縮と呼ばれ、元禄には幕府御用縮として指定を受けるなど、もてはやされた。しかし、江戸後期になると幕府は次第に財政難となり、武士や上流階級が買い手であった越後縮は、少なからず打撃をうけた。方向の転換を余儀なくされたことにより、新しい高機(たかはた)という道具が作られ、透綾(すきや)織という絹の織物を織る技術が生み出されたのだ。それから改良を重ね、十日町絣は現在の形へとなってくることとなる。こうしてはるか昔から引き継がれてきた技術に対して「時代時代に昔からある技術を生かしながらやっていくんじゃないかな。」と言う阿部さん。例えば、現代の感覚に合わせて、鳥獣戯画のような題材などで品物を作ったりするという。これが「女性にとても受け入れられる」そうだ。また、他にも名刺入れや小物など多彩な製品を製作している。とはいえ、頑なに存在する伝統もまたある。だからこそ「どこもまねできない」十日町絣が作られるのだ。 |
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 こんな小物も |
◆経験と知識が必要
一着の着物ができるまでにおよそ3カ月も要するという十日町絣。「何十回やっても思い通りになるとは限らない」それほど奥が深い。阿部さんも「作っても作っても同じにならない。」と、悩んだこともある。ただ「迷いに迷ってなんかの拍子でぴったり合うことがあるんだよね。」ともいう。多くの経験など、積み重ねてきたものがはまったとき、ふとできるようになるそうだ。もちろん、「ふとできるようになる」までに重ねる努力は想像もつかない。そんな阿部さんも最近では「ようやく思ったとおりにできるものもある。」という。絣を作る上で重要なのは、経験と知識。それも「原理を知っていること」が大切だという。なるほど、技術を継いで、よりよきものにしていくためには、物事の一番深い部分を理解してこそなのだ。 |
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 長く使うのによさそうな名刺入れ |
◆自分だけ満足してもだめ、うまくいかない。
「うちは、糸を買って染めて、それで絣を作って、ほぐして絣を合わせて、織る。織りだけは内職に出すけど、それ以外は全部自分でやっている。私も今はこんな綺麗な格好しているけど、すぐ雨合羽着て、現場に行って仕事しますよ。」このお話が終わればまたすぐに工場の方に向かうという阿部さん。「自分が先頭にたたないと。」と軽快な口調とは裏腹に発言にはどっしりと重みを感じさせる。「全然わからないところから始めたし、みんな自分で“やる”といって受け持っていった。やる気があればなんでもできる。」その言葉に「プライドのある産地が残っていく。」と言う阿部さんの職人気質が垣間見えた。 |
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阿部 茂壽
昭和4年生まれ。 一度教員になるも、18歳のころから父親を手伝いこの世界に入る。 |
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こぼれ話 |
作る喜びを感じる瞬間
物作りに関わっている人なら、だれでも、自分の作品が使われているのを見ると嬉しいと感じるでしょう。今回取材した阿部さんも「自分の着物を着た人を見たときは嬉しい。」とおっしゃっていました。ただ、阿部さんの場合、その喜びもひとしおのようで、「見つけると、まず飛んでいきますよ“あっ”って言って。そばまで行って、じっと、こう、見ますね。それから“失礼ですけど、お宅さん、その着物いつお買い求めになったの”とか聞きましてね、着物を着ている人は、変だなぁって思っているんだろうけど、“いや、実はこれうちでつくったのですよ”っていうと、“あらそう、いいわよ、着やすくて。”ってこうね、言われるわけですよ。」とのこと。時にユーモアを交えた軽快な話しぶりでした。 |
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