伝統は、つねに新しい時代を呼吸する・・・新井 實氏


新井 實氏
新井 實氏

昭和7年桐生市生まれ。
室町から続く機屋の20代目の当主。

昭和30年群馬大学工学部繊維工学科卒業。宮内庁楽部「紅黒の大幕」など日本を代表する紋織物作品を数多く手がける一方、日本伝統工芸士会副会長、桐生織物共同組合常務理事として伝統産業の振興に力を注いでいる。


茅葺き屋根の家からハイテクが生まれる

昔ながらの造りの新井さん宅
昔ながらの造りの新井さん宅
 新井さんのお宅は、大きな門をくぐると、正面の母屋が茅葺き、北側には赤城おろしを遮るための竹薮があって母屋の脇に仕事場。仕事場の屋根は三角のノコギリ屋根で、脇にはかつて動力としての水車を廻した小川が流れています。こうした作りが典型的な桐生の機屋さんの佇まいでしたが、今は新井さんのお宅一軒だけになってしまったそうです。

 実は、この古色蒼然としたお宅で、世界の最先端をいくハイテク技術「絵画織」が生み出され、桐生織の伝統に新しい風を吹き込んでいます。
 今回は「絵画織」の開発者である伝統工芸士の新井實さんにお話をうかがいました。


時代の先端を走ってきた織物

 私が開発した「絵画織」をご覧になった方は、たいてい二つのことに驚かれます。一つは、「絵画織」の精緻さ、表現力の豊かさ、もう一つは、デザイン処理の工程に最先端の画像処理技術が使われていることです。それもこんな茅葺きの家の中で(笑)。

 伝統工芸士の私がハイテクを語るのはおそらく違和感があるだろうと思いますが、決してそうではありません。桐生織はその昔、江戸のころには最先端の技術を誇った花形産業だったのですから。伝統の技に時代のハイテク技術を取り入れ、織物の新しい可能性を拡げることは、私たち伝統工芸士の重要な役目だと思っています。

 もちろん、手工業を機械に置き換え省力化や量産化を図ることは伝統工芸士の仕事ではありません。伝統の技に先端技術を取り入れ、技に磨きをかけることこそが必要です。伝統を守ることは、天然記念物を守るのとは違います。伝統は、その時代その時代の担い手によって革新されることによって初めて受け継がれ、守られていくものだと思っています。


工場内の機織り機
工場内の機織り機
総合プロデューサーとしての機屋

 桐生織は、撚糸、染色、整経、機拵(はなごしらえ)、機織など細かく工程が別れ分業化しています。こうした工程を取りまとめるのが機織を生業(なりわい)とする機屋です。図案・意匠を開発し、それに合った糸をより、染め、最後の仕上がりの責任を持ちます。今風にいえば総合プロデューサーといったところでしょうか。桐生には染の伝統工芸士、意匠の伝統工芸士といった各分野のスペシャリストもいますし、私のような総合型の伝統工芸士もいます。

 桐生自体が、繊維製品の総合産地ですから、糸から始まって、刺繍、レース、縫製、プリントまで、また、私のところのような着物、帯といった和装織物から服地織物、輸出織物、資材織物、ニット、レースまでさまざまな製品が生み出されています。回教徒がメッカに向かったお祈りをする時に使う敷物なんかもずいぶん輸出しているんですよ。桐生という土地柄が、もともと進取の気性にとみ、工夫、改良、発明が得意ですから、こうした多様な産業展開を見せているのだと思います。


時代の風をつかむ

 伝統の革新と並んで私たちに求められている課題は、産業としての伝統工芸の振興だと思っています。昨今は、織物の作家性がもてはやされて、ファイバーアートやテキスタイルアートと呼ばれるものが話題になっていますが、伝統工芸が目指すものはアートではないと思っています。アートと伝統産業の違いは、アートが、同じ作品を二度と再現できない、いわば一過性であるのに対して、伝統の技は、同じ品物をコンスタントに何度でも作り出せる再現性にあります。この技が産業としての根幹を支えるものであり、私たちの喜びの源泉でもあります。

 デパートや呉服店の棚に私の織った帯が飾られているのを見るのは、何ともいえず嬉しいものですし、たまたま、お客様が買って下さるのを目にしたときは思わず駆け寄ってお礼を言いそうになってしまいます。
 暮らしの中で生かされて、多くの皆さんが評価して下さるものを開発し続けることが、産業としての伝統工芸の基本だろうと思っています。日本人の暮らしも大きく変わって来ました。そうした変化に対応する新しいマーケットの開拓という意味でも「絵画織」の技術を生かして、いま襖紙に代わる「襖織」やタペストリーを作っています。
 消費者のニーズをダイレクトにつかまえられるインターネットなども大いに活用して時代の感覚をいち早く掴むこと。これも桐生が育んできた伝統の技なのです。


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